生主見聞録

リニューアルしました。好きなことを書きます。

生物が生きる理由

2015.07.20 (Mon)
今日は人が生きる意味について持論を交えて話します。

よく僕が「生物学的に言うと人とは遺伝子の乗り物であり、子孫を残すために生きているようなものだ」と言っていますがそれはどういう意味なのか詳しく説明したいと思います。
まず前提として上記の発言はあくまで生物学上においてという意味合いです。また人という表現を使いましたが生物全般に言えることでしょう。

皆様はカマキリの交尾をご存知でしょうか?
交尾中にメスがオスのことを食すのです。
これは「生まれてくる卵の栄養になる為」というのが定説です。
この事実を知った当時幼かった僕の心には衝撃的で、なんとも言えない悲しさを覚えました。
ですが僕はこのことについて少し素敵だなとも思いました、カマキリは知的生命体ではないのでおそらく交尾相手を食うことへの悲しさなんて無いとは思いますが、「大好きな妻との子供の為に自らが食される。」素敵なことだと思いませんか?僕の考えが毒されているだけなんですかね…
そして栄養のためとはいえ自分の夫を食べる妻。人間社会においては食人文化は憎悪されているのでもちろんこれが浸透することはないですし、人はカマキリと違い栄養を確実に入手する手段を得ている為そのような行動をとることはないですが素敵だと思います。
時々恋人に殺されたい願望を持ち合わせている人がいますが彼らももしかしたらこれに近い感覚なのかもしれないですね。

人の死後という概念を考えた時に人の肉体は死後どうなると思いますか?埋められるにしろ焼かれて灰になるにしろ人の肉体が消えることがあったとしてもそれを構成していた元素までが完全に消滅することはないのです。結局この世界のものは循環していて例えばその死んだ人の家族の体内の一部の構成要素として成り立っているかもしれないですよね。好きな人が死後自分の体の一部になっているなんて素敵だと思いませんか!
それを体現する生物としてアンコウという生物がいます。
彼らは交尾時にオスがメスの体に噛み付きやがて完全に融合します。
カマキリの時と違いアンコウの場合は完全に体に同化するのです!なんとも神秘的で面白い生物なのでしょうか。

さて話が少し逸れましたが次に人間の生殖について
人間が一番生殖に向いている時期は10代だと言われています。
そして体の劣化が始まると言われているのは20代前半から、酷く劣化を始めるのは25歳からという説もあります。
まるで「生殖が終わったらもう生きている意味が無いので早く死ねよ^^」と自然界が言ってるかのようですね、悲しいかもしれないですが人間の体はそのようにプログラムされているのです。
結局カマキリにしろアンコウにしろ人間にしろ、生殖後は自然界的には生きている価値があまりないのでどんどん死に向かうようにプログラムされているのです。これらの事実は悲しいことですが抗うことの出来ない現実なのです。
でもよく考えて欲しいのですがむしろ自然界からしてみたら我々が生きている意味が他にあるのでしょうか?
何億年と続くこの地球という星においてたった100年弱しか生きない生物の自我なんて地球からしたらとてもどうでもいいもので我々の命なんて小さくはかないものなのです。ぶっちゃけ人の命は地球より重いなんて言いますけどあれは嘘です。
人が何人か死んで地球にとって損になりますか?社会が何か変わりますか?結局人が数人死んだところでほとんどの人からしたらどうでもいいのです。命とは儚いものですね。
ですがそんな我々でも子孫を残す事ができます。子孫を残すということは地球からしてもメリットのあることなのです。我々一人一人の命は儚く脆く大したものではなくても子孫を残すことで大きく地球に貢献することが出来るのです。


追伸
これはあくまで生物学的見解です。
生物学的見解を除けば糞ニートで知性の欠片もないような奴の子孫なんて残されても迷惑なので残さないでください。

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