生主見聞録

リニューアルしました。好きなことを書きます。

【企画】凸撃零分レポート② ~呪い屋編~

2015.07.04 (Sat)
前回に引き続き数回に渡り皆様に代わり普段皆が聞けないような関わりがないような人たちに色んなことを突撃してインタビューしてみたいと思います。
というわけで今回は呪い屋編です。

零分「どうも、こんにちは!呪い屋をしているということですが…」
呪い屋「呪い屋では無くどっちかって言うと祈り屋ですね。でもどっちかっていうと注目を浴びるのは呪いの方。」
零分「なるほど祈り屋ですか?具体的に呪いや祈りというのはどのようなことをするんですか?」
祈り屋「僕の場合は3時間ほど祈りを捧げて相手に変化をもたらします。」
零分「変化ですか?3時間も祈りをあげるんですか…苦行そうですね。ちなみにその祈ってる様は見させて頂いてもいいのですか?」
祈り屋「はい、いいですよ。丁度依頼がきていたのでそれをこなしますね。」
そういうと祈り屋さんはカメラをつけ一心不乱にお経を唱え始めた。

~三時間経過~

零分「お疲れ様でした…本当に三時間も唱えるとは思っていませんでした。凄いですね、色々と。それは日課なんですか?」
祈り屋「日課ではないですね。自分の感情に併せて唱えています。なので決して苦行ではないです。どっちかっていうとドラッグのような感覚ですね。苦行というよりは快感ですね。それこそ女と行為をしている時より気持ちいいかも知れないですね。」
零分「ほえー、失礼ながら自分は非科学的なことは一切信じないんですがそういう人に対してはどういう感情を抱きますか?嫌悪感ですか?」
祈り屋「いいえ、どっちかというそれが正常だと思います。ですがそういう否定的な人が信じてくれるような変化をもたらせれることほど自分にとって幸せはないですね。」
零分「なるほど」
祈り屋「でも信じないのと信じないからって馬鹿にするのは違うと思いますね。」
零分「まぁ神という存在一つとってもいる根拠もいない根拠も示せませんからね。ところで僕は馬鹿にしているわけではないんですけどどっちかっていうと先ほどみたいに数時間にも及んでお経を延々と唱えているというのは人生を無駄にしている感があると感じるのですがどう思いますか?効果があったとしても単純計算で一日3時間毎日しているなら唱えるようになってからの人生の8分の1損しているわけですよね…」
祈り屋「客観的に見たらその通りなんだけど数時間に及んで唱えることにより人に変化をもたらす権利が買えるわけなんだよ。その権利の代償なら高くは無いと思ってるよ。」
零分「その祈りってのは毎回確実に思ってたほどの効き目があるんですか?」
祈り屋「毎回自分が思ってた以上に効果を実感して頂いています」
零分「ほう」

零分「次は呪いについてお伺いしたいのですが呪いについて詳しく教えて下さい」
祈り屋「僕は祈ることによって呪うんですよ。先ほどの祈祷と同じで3時間ほど相手に対し祈るんですよ呪いとして。」
零分「今までには呪った人はどうなったんですか?」
祈り屋「中には死んだ人もいますね。」
零分「死んだ人もいるのですか?流石に信じがたいですけど確証などはあるんですか?たまたま死んだだけとかではなくて?」
祈り屋「もちろんたまたまって言う可能性もあるんですが一年以内に呪い殺すと宣言して実際に一年丁度経つ頃に死んでいます。また一人だけならともかく今までに二人ほど呪い殺したことがあるのでこれは偶然とは言い難いのでは無いでしょうか」
零分「なるほど、まぁたまたま二人死んでしまった可能性もありますけど。。ちなみにその呪い殺したことについては罪悪感などは無いのでしょうか?」
祈り屋「全く無いです。むしろ嬉しい感情しかわかないですね。」
零分「なるほどありがとうございました。」

感想
色々放送外にて検証してみた結果、
彼は少なくても嘘をついているつもりはないようです。
理由としては嘘や見栄で言っているのなら彼自信の発言はあまりにもリスキーで、公に宣言する意味が無いのに公で宣言しているので少なくても彼は嘘をついているつもりはないと思われます。
残る可能性はたまたまそれを信じれるような現象が偶然起こったか、本当にそのような能力があるかのどちらかですね。
まぁ前者なら時間とともに今までの現象は偶然だったと証明されますし今後の動向が楽しみですね。

次回は『大手配信者編』です。

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