生主見聞録

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川崎の無差別殺傷事件について

2019.05.31 (Fri)
ここ数日、川崎の無差別殺傷事件について世間では話題になっている。
たった一人で19人が傷つけられた挙げ句死者まで出てしまったこの事件。
また、この事件の直前には名古屋での殺人事件の動画が拡散されており「その動画に影響されたのではないか?」という意見まで見られる。
川崎の容疑者は自害してしまった為名古屋の動画に影響されたかどうかは断定することは出来ないが今回の事件同様潜在的な殺人鬼はまだまだいると思っている。

私は今までに自殺したいなんて思ったことは一度も無いので自殺をする人の心理は理解出来ないが、日本国内だけでも自殺を試みたことがある人なんていくらでもいるはずだ。
それらの人が自分一人で死ぬという選択をせずに皆が皆自暴自棄になり周りを道連れにしてやろうと考えてしまったのなら日本は平和とは程遠くなってしまうだろう。

私は地下鉄が発達している地域に住んでいるのであまり車には乗らないのだが車に乗る度に毎度「よく皆交通ルールをきちんと守っているな〜」と感心する。
日本ではある程度皆がルールを守ることを前提として成りたっている。
例えば、「赤信号の時きちんと車が止まり歩行者をはねない」というルールがある。
トラックが赤信号を無視して歩行者天国につっこんだことで知られる秋葉原無差別殺傷事件では、「赤信号では車は突っ込んでこない」という大前提のルールを無視したことで起こった事件だがこの事件のように多くの人が自暴自棄になり「死んでもいいから他の一般人を巻き込んで道連れにしてやろう」と考えた場合、当然ながら皆恐ろしくて横断歩道を渡りたがらないことだろう。

今回の事件でもそうだが日本の治安はある程度「皆が良識を持ってルールを破らない」ことを前提として成り立っている。
川崎の無差別殺傷事件や秋葉原無差別殺傷事件のように自暴自棄になり「他者を道連れにしよう」と思えば一人で複数の命を犠牲に出来てしまう。
彼らがもっと知能犯で悪意を持った人間だったのなら恐らく数十人以上、最悪数百人以上の罪の無い人間が失われていたかも知れない。

このような自暴自棄な犯人を生み出さない為には、思いつくだけでも2つの手段がある。
1つは自暴自棄な犯人を極力生み出さないような社会システムを作り出すことだ。
例えば極度な貧困層を減らしたり、気軽に相談出来る機関もしくは人間を用意したり、「死にたくない」と思わせる制度を作る。
もう1つは大量に被害者が出ないような環境を無理やり作り出すことだ。
日本での銃規制もそうだが、例えば赤信号時は車が走れないシステムを作る等。

基本的に自暴自棄になる人は家庭内に問題があったり、友人がいなかったり貧困に喘いでいたり社会的な劣等感に苛まれている場合が多い。
誰しもが社会のルールを守り平和に暮らせるのが一番だろうが、家庭環境も悪く金も無く友達もいなく社会に恨みがあり劣等感にまみれているのに誰しもが社会のルールは守りましょう!というのは夢物語だと思うので「誰もが人を殺さなくて良い世界」を作る為の改革は行われても良いのではないだろうか。
「人を殺すなんて有り得ない!勝手に一人で死ねよ!」という意見も正しいのかも知れないが彼らだって、生まれた時から殺意の波動に目覚めていてるわけではない。
彼らがそのように歪んでしまったのは家庭等の環境のせいであり、そのような環境を作り出してしまった原因の一端は間違いなく今の日本の制度にあると言える。

個人を責めることは簡単だ。
だが例えば会社であっても一人の人間の失態を追求しそいつ一人に責任を取らせる会社は私はゴミだと思う。
「何故その人間が失敗してしまったのか?」
「会社は普段から気にかけたりして失敗しないようには出来なかったのか?」ということを考えることが重要だと思う。
同様に一人の人間を責めたてて「人を殺すなゴミ!」と言うのではなく「何故彼は人を殺すような人間になってしまったのだろうか?社会はそんな人間を作らないように出来なかったのか?」と考えることにこそ意義があると思う。

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