生主見聞録

リニューアルしました。好きなことを書きます。

同性愛問題

2019.02.20 (Wed)
お偉いさんが話しづらい問題の一つに同性愛者の問題が有る。
社会的には「同性愛を否定するな」と言われるから「同性愛者は否定しないけど正直気持ち悪いってどうしても思っちゃう…同性愛者は異常って思っちゃう自分が異常なの?」という意見もありそうですが…


同性愛者は異常なのか?


同性愛者は異常ですか?
はっきり言いましょう"異常"です。
"異常"とは"通常"の対義語。
世界的に見ても本当に数%しかいない極々少数派の人達です。

そもそも体の作りを考えてみて欲しい。
流石にいい歳して赤ちゃんの作り方を知らない人はいないと思うが、男性器を女性器に挿入後、射精することで精子と卵子が結びつくことで赤ちゃんは誕生する。
残念ながら雄の尻に男性器を挿入しても子供が出来るようには出来ていない。
つまり本来男性器は尻にいれる為のものではなく女性器に挿れる為にあるのだ(挿れたくても挿れれない人達ごめんなさい・・・)

これは偶然でもなんでも無く生物として多くの生物が有する機能である。
つまり「体の作りからして子孫を残す為に男性と女性が恋愛するのが当然」というのが結論である。
よってこれに反するような同性愛は"異常"と言われてしまってもしょうがないのだ。
個人的には間違いなくマイノリティである以上は異常と表現されても仕方ないとは思うが、同性愛者の方々は怒らずに最後まで文章を読んで欲しい。



問題はそこではない


「何故か同性愛は異常ではない。」とゴリ押しする風潮が強いがどう考えても我々のお尻の中には子宮はないので同性愛者は本来の生物としての機能としては違うということはわかっていただけただろう。

また、個人的に「同性愛者が気持ち悪い」と思うこと自体も悪ではないと思う。
これに対し「同性愛者は別に悪いことしてないのに気持ち悪いって思わるのはおかしい」と述べる奴がいるけど、
でも君達「俺彼女にうんこ食わせるの好きなんだよね(所謂スカトロ)」とか「女の子の体が切り刻まれてるエロ漫画とか見るとめっちゃ興奮する(所謂リョナ)」とか言ってる人いたらドン引きすると思うんだ。
でも別に彼ら彼女らだって悪いことをしているわけではない。
もっと言うなら少年Aの行動だって所詮は性癖が原因だ。
この場合何に対して悪と言うのかわからないが、もし「普通と違うことが悪」と定義して良いのなら当然同性愛者に対しても悪だと述べることが出来る。

個人的にはちなみにスカトロもリョナも気持ち悪いとは思うけど別に否定はしない。
生まれ持った性癖がマイノリティなだけであって別に彼らは悪いことはしていないのだから。
だが多くの人に対して「興奮するからうんこ顔面に塗らせてよ」と言われたら大抵の人は「気持ち悪い」と言う感情を抱くだろう。
この気持ち悪いという感情の正体は「理解が出来ないこと」である。

人は自分が理解できない事柄に関して気持ち悪いと思ってしまう。
なので「うんこ顔面に塗りたい」と思う人のことを気持ち悪いと思うのも普通だし同性愛者を気持ち悪いと思うのも普通だと思う。
どうあがいてもマイノリティはマイノリティであり多くの人には理解できない感覚なのだから。

ただ、先程も述べたとおりスカトロマニアに対しても同性愛者に対しても正面切って「気持ち悪い」ということは間違っている。
彼らは別に悪いことをしているわけではない。
生まれ持ってそういう風に生まれてしまっただけの個性なのだ。

悪いことをしたわけでもない生まれ持った特徴を正面切って否定するのは間違っている。
例えば、滅茶苦茶頭が悪い人がいたとして頑張って頑張って勉強してるけど覚えが悪いとする。
それに対し皆で「お前は頭が悪いから生きてる価値がない」なんて否定することはおかしいとは思わないだろうか?
そもそも個人的にはスカトロマニアも同性愛者も馬鹿も全部アイデンティティに過ぎないと思う。
それらを否定することは簡単だが人は大抵平均より抜け落ちてるものの1つや2つくらいは有している。
まさか今更「コンプレックスの有る人は一人もいない」なんて無駄な議論をする必要性すら無いだろう。
そのコンプレックスについて例えば「お前の顔気持ち悪いよなwww」とか「お前の頭って本当に悪いよなwww」とか言うこと自体が失礼である。
だが、100人中99人がわかるような問題がわからない人を見たら「頭悪いな」って心の中で思ってしまうのは仕方ないことだ。
それと同様だと思う。

では何故「同性愛者を気持ち悪いと思ってはいけない」という社会的風潮が強いかと言うと「同性愛者を気持ち悪いと思っていいですよ」という差別が生まれかねないからだ。
問題の論点は「同性愛者は気持ち悪いかどうか」ではなく「同性愛者が差別されても良いかどうか」である。
当然差別してはいけないので、差別心をうまない為にも気持ち悪いという表現については取り締まっていかなければならない。
これが正しい教育のあり方ではないだろうか?

同性愛者を過度に擁護する人にわかってほしいことは「どうあがいても人間は雌雄異体として生まれてしまった以上、マイノリティだし同性愛を気持ち悪いと思ってしまう人がいるのは仕方ないことなんだよ」
同性愛者を過度に否定する人にわかってほしいことは「同性愛なんて所詮アイデンティティの一つに過ぎない。君が一般的な人より頭が悪いのと一緒だね」ということだ。



人間らしさVS動物としての人間


人間という生き物は他の種とは違う少し特別な生き物だ。
生物でありながら他の種とは違う人間らしさを求める生き物だ。

例えばダイエットという行動は、人間らしい行動の一つと言える。
食べるという動物らしい行為を放棄し、見栄えを取るという動物としての本来の行動とは違う特殊な行為だ。
だが、「ダイエットをするのは生物として間違ってるから異常だ」と唱える人は今の所見たことがない。

では、他の動物と違い人間は完全にご飯を食べなくても生きていけるのか?というとそうではない。
所詮人間も動物なので他の種同様ご飯を食べなくてはいけない。他の種と同様なのだ。

この人間らしい行動とは言い換えるのなら「動物らしからぬ行動」とも言えるであろう。
人間はあくまで動物なのに知性が高いゆえに動物らしからぬ行動を心がけようとすることで起こる問題というのはかなり存在すると思っている。
例えば虐め問題。
虐めという自分より弱い生物を虐めるという行動は「人間らしい行動」とは言えず実に動物的な行動だ。
だが一方では「所詮人間も動物なんだから虐めが起こってもしょうがない」という意見もある。

菜食主義者についても同様の問題だと思う。
「命は尊いものだ。利己的なのは間違っている」という人間らしい意見を述べながら人は平気で自分が生きる為に他の動物を殺しそれを食す。
人間は大抵このような矛盾を抱えて生きている。
所詮人間も綺麗事を言うが動物なのだと思う。
これに対し人間らしさを追求する人々こそ菜食主義者だと思う。
何故自分達は「犬を殺してはいけないというのに平気で牛は殺すのか」という意見も人間らしい観点から見たら尤もな意見だ。

他にもこの人間らしさと動物としての人間の問題は数多くある。
例えば「人を殺してはいけないけど人を殺してはいけない理由は誰も述べれない。」とか「愛玩動物は殺してはいけないけど不快害虫は平気で殺していい」とか人間は動物なのに動物らしからぬ知性を持っているので多数の矛盾を抱えて生きていると感じる。

個人的に同性愛者問題も「異性で恋愛すべき」という動物らしさと「性別という枠組みを超越して恋愛すべき」という人間らしさの戦いなのではないだろうか?
私は「性別」の壁を超えて誰かを大事にして誰かを愛すという行動は実に人間臭くて決して悪いことではないと思う。
確かに動物的な観点で見た場合、同性愛は間違っている。
だが同性愛とは人間らしい行動の一つとも言えるのではないだろうか。


後書き


今忙しく眠い中、書き上げたので後で書き直すと思います。

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